2009年09月12日

ヒトラーの「超人思想」の謎 〜 ナチズムの裏面史 〜

少しずつ添削していきます^^



■■■第1章:ワーグナーをこよなく愛していたヒトラー



●19世紀ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェは、優等民族の進化を予言していた。彼は来たるべき「超人」──ゲーテの『ファウスト』からとった言葉である──を、新しく、より強く、生物学的にも価値が高く、進んだ人種であり、それ以前のいかなる人間よりも優れた生存能力と種の保存能力を持つ者、と説明していた。

 


19世紀ドイツの哲学者
フリードリッヒ・ニーチェ
(1844〜1900年)

ニーチェは、ヨーロッパ文明の退廃を批判、
新たな天才の出現による価値の転換を唱えた。
彼はキリスト教をヨーロッパ的人間の堕落の原因とし、
永劫回帰思想による生の肯定、「超人」の理想を主張した。

彼の思想は20世紀の哲学・文学・思想界に深い影響を及ぼし、
その美的個人主義はナチスの指導者理論の基礎づけに利用された。

●ニーチェと同時代人であり、自分の創作したドイツ民族歌劇がヒトラーを狂喜させることになった作曲家リヒャルト・ワーグナーは、ドイツ人民こそがニーチェのいう優等民族であると明言し(ニーチェは同意していなかった)、「時は迫り来た!」と喝破した。

ワーグナーは、1880年出版の『宗教と芸術』の中で、ユダヤ人解放を非難し、高貴な人種と高貴ならざる人種との混交が、人類最高の特質を損ないつつあるという信念を表明していた。アーリア人種の純粋さを保つことによってのみ、「人種的な感情の真の復活」は成し遂げられる、というのだ。


●「聖杯」とはイエス・キリストが最後の晩餐で用いた「聖なる杯」であり、十字架から滴る彼の血を受けたものである。

この失われた「聖杯」の伝説は、「アーサー王伝説」の中心的主題の一つとして広まり、イエス・キリストを刺したといわれる「ロンギヌスの槍」と合わせ、ともに失われた2つの秘宝を手にする者は、地上世界の支配者になれるといわれた。



■■■第2章:ワーグナーとチェンバレン


■■イギリス生まれの文化哲学者 ヒューストン・S・チェンバレン


●ヒトラーとワーグナーの関係について語る時に、絶対に無視することのできない超重要人物がいる。

イギリス生まれの文化哲学者であるヒューストン・S・チェンバレンという男である。



●ワーグナーは、「下等な人種」は起源をたどると「類人猿」に行き着き、アーリア人種は「神」に行き着くと考えていた。




ワーグナー作「ニーベルングの指環」

 

●ドイツ帝国が無残に崩壊していく姿を見つめながら、病める哲学者チェンバレンは、次のようにはっきりと「予言」した。

「アーリア的秘儀を現実において『完成』するために必要なのは、ただ剣を手にした恐れを知らぬ純粋な『英雄』だけである。

……塹壕の中から一人の男が現れる。きっと、そこから救世主がやって来るだろう!」

(この「予言」は、のちにヒトラーの出現によって現実化していく……)

 
■■■第4章:ニーチェとチェンバレン


■■『20世紀の神話』の内容


●『20世紀の神話』は、歴史書であると同時に哲学書であり、また神話の書でもあったが、いずれにしても、かなりの技巧を施した苦心の労作だった。

その内容は、次のように構成されていた。

●アーリア=ゲルマン人種、北方人種の優越性、そしてユダヤ人に代表されるとする劣等人種との混交の危険性を説くアルフレート・ローゼンベルクは、『20世紀の神話』において、「人種保護と人種改良と人種衛生とは新しい時代の不可欠の要素である」と断言している。

そして、アトランティスからアーリア民族までが、太陽神話から人種論までが、神秘から戦争までが、目眩く狂気と情熱をもって一気に語られている。彼は「人類的歴史は自然史でもあり、同時に霊的神秘学でもある」という思いに駆られていた。

彼は、アトランティスは実在し、そしてそこがアーリア人種の原郷であると考えていた。

 


 「ナチ党」は、ゲルマンの秘密結社「トゥーレ協会」の
運動を基盤にして誕生した。彼らはドイツ・ゲルマン民族こそ、
伝説の楽園「トゥーレ」に住んでいたエリートたちの血を受け入れ、
「神人」を生み出す宿命を担った「選ばれた民族」だと主張した。

 

 



■■■第6章:ナチスの3番目の聖典である『血と土』


■■人間の「選択的品種改良」と「奴隷制度の確立」を提唱





「ドイツの再農業化は、ドイツ国内で行なわれるのではなく、東方においてナチスが君臨する大ドイツ“生活圏”においてのみ行なわれる。ドイツの農業労働者は、一定の種族を除いては農場主となるか、あるいは、専門的な産業労働者として働くことになろう。……『奴隷制度』の確立なしには、人類文化を、これ以上発展させることはできない。」

「……スラブ人の妊娠能力を破壊すること、これが第一の課題である。ドイツ人支配階層を作り、しっかり根付かせること、これが第二の課題である。これが『東方生活圏政策』の本来の意義である。」



■■■第7章:ナチズムの“秘密教義”


 

●『ヒトラーとの対話』は、あくまで表面的な『我が闘争』や『20世紀の神話』に対して、ナチズムの秘密戦略、その究極の目的、そしてその根底をなす魔術的世界観がヒトラー自身の口からあますところなく語られている。

オカルト・ファシズムの核心ともいうべき狂気の生体進化論やフリーメーソン論など、そのあまりの過激さゆえ、ドイツでは今なお発禁図書である。




■■アーリア人種と劣等人種


●ヒトラーはかつてこう語っていたという。

「あらゆる知識に先行する単純な問題は、誰が知ることを欲しているのか、誰が外界の研究を欲しているのかということである。このことによって、常に特定の人種の科学、特定の時代の科学しか存在しえないということが、必然的なことになる。

自由主義的、ユダヤ的科学に対立せざるをえぬ北方ゲルマンの科学、ナチズムの科学が、ここに現出するのは歴史的必然なのである。」

「我々は、道徳思想と人間の精神的志向の凄まじい革命の出発点に立っている。我々は自然について、神性について、姿なきものについて、デーモン的なものについての神秘的知覚を学ばねばならぬ。

世界を魔術的に解釈する、知性ではなく意志の観点から解釈する新時代が近づきつつある。」


●ヒトラーにとっては、真に優れた人種はアーリア人だけで、それ以外はすべて劣等人種に属するが、なかでもユダヤ人は「もっとも警戒すべき劣等人種」であった。


 
ヒトラーは演説の中でそう語り続け、ナチス時代のドイツ人を、ユダヤ人迫害の渦の中に巻き込んでいったのだった。彼の理論によれば、ドイツ民族の優秀性を守る道はただ一つ、ユダヤ民族の“駆逐”だけであった。

 

  

■■■第8章:ナチズムと『ヨハネの黙示録』


■■ヒトラーの「千年王国思想」は『ヨハネの黙示録』が源泉


●ヒトラーの言葉に「ナチスは千年の長きにわたって帝国を築く」がある。

この言葉の根底には、新約聖書の『ヨハネの黙示録』の中にある「千年王国」の思想があるように思われる。この「千年王国思想」はヒトラー思想の核心だとしても問題はないであろう。(いわゆる『ヨハネの黙示録』は“聖書の中の聖書”と呼ばれ、旧約および新約聖書のエッセンスがこの1冊に集約されている)。


●ヒトラーは、世界統一政府(新ローマ帝国)ができたとき、「天からエルサレムが下りてくる。千年王国が始まるのだ」と言っていた。

これは黙示録の内容そのものである。
 
ヒトラーはある昼食会で、こうスピーチしていた。

「巨大な変動によって、突如、世界は別のものになると『ヨハネの黙示録』は教えている。

然り、世界史は突然、終焉する。世界は終わるのだ。我々の革命は新たなる一段階、というよりはむしろ、最終的には歴史の抹殺に至ることになる一つの進化の決定的段階なのである。」


●ラウシュニングは著書の中で語る。

「絶えずヒトラーの言葉の中に出てくるテーマは、彼が〈世界の決定的転換〉とか〈時間のちょうつがい〉と呼んでいたところのものである。つまり、我々のような密教の奥義に達していない者には完全に理解できない一大変異が生じるというのだ。

ヒトラーはまるで千里眼か賢者のような調子でしゃべっていた。

彼は自分が隠れた力を持っており、その隠れた力から人類に新たなる福音書を告示する、超人間的な天職を授かっていると信じ込んでいたのだ。」

この〈世界の決定的転換〉とか〈時間のちょうつがい〉という考え方も、実は『ヨハネの黙示録』にその源を持っている。

 

■■「ラグナロクだよ、神々の黄昏だ」


●ところで、ヒトラーの終末思想は、ただ単に破滅を強調するものではなかった。それを「人類の進化の決定的段階」ととらえているところが特徴的であった。

ヒトラーはナチスのインナー・サークルの中でこう語っていたという。

「ラグナロクだよ。神々の黄昏(たそがれ)だ。神々と世界は、かつてそうであったように、やがて人類とともに壮絶な炎の中に滅び去る。一切が終わるのだ。

だが、一切が終わった後、一切が再び新しく始まる。その日のことを、きみたちは思い浮かべたことがあるかね。」


●そして彼は自分の終末論を『ヨハネの黙示録』に沿って展開する。

「いいかね、2つの世界が互いに対峙しているのだ。

ユダヤ人は反人間、反人──我々とは何か別の神の創造物なのだ。人類の別の根から生えてきた存在にちがいない。彼らとの戦いは、だからまた神々の戦いでもある。ユダヤ人との間においてのみ、世界支配のための戦いが戦い抜かれるのだよ。」

ヒトラーは驚くことに、ユダヤ人との戦いを「霊的領域の戦い」ととらえていたのである。

「彼ら(ユダヤ人)は獣たちが真の人類とは全くかけ離れた存在であるのと同様に、我々には無縁の者どもなのだ」と、ヒトラーはラウシュニングに言っている。


ヒトラーの終末思想は、ただ単に破滅を強調
するものではなく、「人類の進化の決定的段階」と
とらえているところが特徴的であった


■■異様な宗教的情熱に取り憑かれていたヒトラー


●『ヨハネの黙示録』によれば、キリスト再臨とそしてその後に現われる神と人が住む天国──千年王国を地上に招来するには、いかなる形であれ「終末」を避けることはできない。
しかしこれは逆に、わざと地上を破滅的な「終末」状態にすることによって、強引に千年王国を達成させる方法も可能ではなかろうか、という悪魔的な解釈の存在を許すきっかけにもなっている。

現在のカルトの中にも、こう解釈している団体が存在する。自分たちがあえて“悪魔の役”を引き受けて破滅活動を推進し、結果的にそれによって神の到来を呼び起こして世界を救うという考えだ。

しかし一旦、この考えに取り憑かれたら、正常な理性を取り戻すのは難しいだろう。なぜならば、それがいかに破壊的で非人道的なものになろうとも、それが正しいか否かは最終的に「神」のみぞ知るという心境になるからだ。世俗的な道徳感が一切通用しない世界観なのだ。理性を麻痺させた未来観といってもいいだろう。


●ヒトラーは第二次世界大戦を開始する前の比較的平和な時期に、側近グループに次のようなことを語っていた。

「天意は、私を最大の人類解放者に定めた。私は自分の命がもはやなくなったときに、初めて、秘儀としてこれを達成するつもりである。そのとき、何か、途方もなく巨大な出来事が起こるであろう。何か圧倒的な啓示である。その自己の使命を果たすために、私は殉死せねばならないのだ。」


この異様な宗教的情熱に取り憑かれていたヒトラーは、第二次世界大戦を起こすことで、本当に自分の目的が完璧に果たされると考えていたのだろうか。本当に地上に真の平和な人類の理想社会〈ユートピア〉が訪れると考えていたのだろうか。
 

■■■第9章:「新人類誕生」の実現を目指していたヒトラー


■■「人間とは生成途上の“神”なのである!」


●ヒトラーの人種・民族思想には、もうひとつの側面があった。

それは極めて魔術的な思想であった。すなわち「超人思想」である。


「天地創造は終わっていない。少なくとも、人間という生物に関する限り終わっていない。人間は生物学的に見るならば、明らかに岐路に立っている。」

 



 

●人間はまだ“進化”の究極段階には到達しておらず、いま、もうひとつの進化の分岐点にある。

ヒトラーはそう考えており、更に“新人類誕生”の予感さえ語る。

「新しい種類の人類が、いまその輪郭を示し始めている。完全に自然科学的な意味における突然変異によって、である。

これまでの“古い人類”は、必然的に衰退の段階に入り、創造力は全て新しい種類の人間に集中することになる。……そう、人間が“神”となる。これこそ、ごく明快な意味なのだ。人間とは生成途上の“神”なのである!」

彼は続けていう。

「人間は、自己の限界を乗り越えるべく、永遠に努力しなければならない。立ち止まり閉じこもれば衰退して、人間の限界下に落ちてしまう。半獣となる。神々と獣たち。それが根源だ。

組織もまた、同じだ。立ち止まり、古いものに固執する組織は衰退し没落する。しかし、人間の根源的な声に耳を傾ける組織、永遠の運動に帰依した組織、それは新たな人類を生み出す使命を受けているのだ。」

 

  
ナチスに育て上げられたドイツの若者たち

ヒトラーは詰め込み教育を有害なものとしており、知的活動の
総ては統制されなければならないと主張し、「ドイツの男子青年は
各自が戦士のような身体をつくること」を提唱していた

 

●「歴史は螺旋(らせん)状に進化する」──ヒトラーはそういう歴史観の持ち主であった。

彼はいう。

「人間の太陽期は終焉に向かいつつある。新しい種類の最初の偉大な人間像の中に、今日でもすでに来たるべきものが告知されている。

古代北方民族の不滅の知恵によれば、古きものが神々とともに没落することによって、世界は繰り返し若返っている。秘儀に通じた者のみが、全てが不断に変貌しつつあることを知っているのである。」

「太陽の回帰点が、彼らにとって永遠の進歩という直線でなく、螺旋(らせん)状の生のリズムの象徴と見なされているように、いまや、人間は、見かけは後戻りしているが、これはさらに一段高く昇るためなのである。」

 



 


■■「救世主(メシア)」──キリストの再臨について


●ヒトラーはキリスト教徒やユダヤ教徒が昔から強い関心を持っている「救世主(メシア)」については、次のように述べている。

「(世界の終末が進むと)人間はイエス・キリストやヤハウェに頼るようになる。しかし、そんなものは来ない。ユダヤやキリスト教の幻想だ。私ははっきり言うが、そんな『救世主』は本当に来ないのだ!

その代わりに人類は、苦しまぎれの突然変異で、救いの超人や神人を生み出す。彼らや彼女たちは、知能が数次元高いだけではない。外見は人間とあまり変わらないが、人間にとっては危険な、どんな毒や殺人光線を浴びても生きていられる。神経も内臓も、人間と違う次元に進化してしまうのだからね。」


●ヒトラーによれば、人類の救いとは、「神」が我々に手を差し伸べて近づいてくる(降臨する)のではなく、我々自身が「神」に近づく(神化する)しかないのだ、というのだ。これを象徴するものとして、先に紹介したヒトラーの次のようなセリフがある。

「人間とは生成途上の“神”なのである!」

 



ヒトラーの「超人思想」によれば、人間はまだ
“進化”の究極段階には到達しておらず、いま、
もうひとつの「進化の分岐点」にあるという

 


■■“新人類創造”の夢に支えられていたヒトラーの活動


●結局、ヒトラーにとって『我が闘争』は自分の信念をそのまま書いたものではなかった。その証拠に、後年、側近のシュペーアに「あんなものは読む必要がない」と語っているのである。つまりドイツ国民を戦争に駆り立てるための宣伝物だったと認めていたのである。

更にヒトラーは他の側近にこんなことまで言ってのけていた。
 
「私は都合上、ナショナリズムの気運を盛り上げねばならなかった。しかし『国家』の概念は一時的な価値に過ぎないことを既に知っていたのだ。

ここドイツにおいてさえ、ナショナリズムとして知られているものが存在しなくなる日がやがて来る。それに代わって世界に君臨するのは、大師、大君主からなる普遍的な社会である。」


●ヒトラーの死後、側近の一人は次のようなことを語っている。

「ヒトラーの目的は“支配者の種族”の確立でもなければ、世界の征服でもなかった。これはヒトラーが夢見た大事業のための単なる『手段』にすぎなかった。

……ヒトラーの真の目的、それは“創造”を行なうことである。神の事業を、つまり『生物学的変異』を実現することにあったのである。この結果、人類は天上に昇ることになろう。いまだかつて前例を見ない半神半人の“英雄現出”こそ、彼の究極の目的だったのである。」

ヒトラーが執念を燃やしていた悪魔的な医学実験の数々は、そうした“新人類創造”の夢に支えられていた。彼は世界に隠されていた全ての知識=「エデンの秘密」を知ることを欲し、世界各地にオカルティックな情報網を張り巡らせていた。彼は一種の宗教的情熱に駆られていた。まるでルシフェル的階段を駆け上っていくかのように。


 
ヒトラーは恐れおののくラウシュニングに言った。

「これでナチ運動の深さが理解できたかね。これよりも偉大で、包括的な運動がほかにありうるだろうか。ナチズムを政治運動としか理解せぬ者は、実は何も知らぬに等しい。ナチズムは宗教以上のものなのだ。それは新しい人類創造の意志なのである。自分とその組織は、神に等しい新人類を創造する使命を受けているのだ。」
posted by ubermensch at 01:04| Comment(0) | ヒトラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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